【コラム】ウクライナの戦場を考察する 番外編「戦闘におけるサプレッサーの効果」

 

戦闘のお役立ちアイテム“サプレッサー”

 

 ロシア軍のウクライナ侵攻については、ネット上でさまざまな考察がなされている。本コーナーでは「月刊アームズマガジン」ライターであり、アフガニスタンでの実戦経験もある元アメリカ陸軍大尉、飯柴智亮がウクライナの戦場における対戦車戦闘について3回にわたり解説してきた。今回は番外編として、戦闘におけるサプレッサーの効果について解説する。

 

“サイレンサー”ではなく厳密には“サプレッサー”

 

H&K製のHK433小銃の.300ブラックアウトバージョン、HK437を構える筆者

 

 ネット上で公開されているウクライナの戦場の写真や映像を見ていると、AK74などの小銃や狙撃銃の銃口に円筒形の物体が付いているのが頻繁に確認できるのではないだろうか。アームズマガジンの読者ならおわかりだろうがこれはサプレッサー(Suppressor)と呼ばれるもので、銃器の発射音を抑えることができる装置だ。今回のテーマでは、このサプレッサーを取り上げたいと思う。巷ではサプレッサーが装着された銃器がハリウッド映画や小説などにも登場しているが、その描写には間違った情報と正しい情報が入り混じっていることが往々にしてある。そこで、まずはその“座標軸を元に戻す”作業として、実際のサプレッサーについて解説していこう。

 まず呼び方だが、サプレッサーをサイレンサー(Silencer)と呼ぶ場合がある。これは日本に限らず米国でも同様だが、完全な間違いだ。サプレッサーを装着して銃を発射したら確かに音量は減るが、それでもかなり大きな音がするので「Silent(静かな、音のしない)」とは言い難い。なので、「Suppress(制御)」するもの=「Suppressor」という呼び方が正しい。ちなみに、米軍では俗語でサプレッサーのことをCan(缶)と呼ぶこともある。

 

H&K製のサプレッサーは、B&TがOEM生産しており、刻印がそれを表している

 

サプレッサーを装着したフランス陸軍向けグロック17拳銃。グロックのサプレッサーはB&TがOEM生産を担当する。なお、B&Tはフランス軍とドイツ軍に支給されるすべてのサプレッサーを手掛けるメーカーでもある

 

サプレッサーのポジティブ効果

 

 では、サプレッサーにはどのようにポジティブ(よい)効果があり、何を制御するのだろうか。複数あるので順に述べてみたい。

 

1.音量の制御


 銃を射撃する際の大きな発射音は、敵兵に突撃をかける際の威圧等の効果があるにはあるが、現実問題としてネガティブ(よくない)効果の方が多い。
 まず耳栓をしないで小銃を発砲すると、大きな耳鳴りの症状が出る。これは部隊にとっては大きな問題となる。なぜなら、難聴の兵士は命令が聞こえなくなったり、敵の接近を察知できなくなったりと、使い物にならないからだ。
 兵士個人の健康的な問題もあるが、難聴になって除隊すると政府はその兵士が生きている限り障害年金などの補償をせねばならない。アフガンやイラクで参戦した米国ではVA(United States Department of Veterans Affairs:退役軍人省)と呼ばれる政府機関が兵士への補償を担っているが、その予算は米国政府の財政を圧迫している。かく言う私も、現役時代に右耳が軽度の難聴となり、毎月VAから補償を受け取っている。

 

2.消炎効果


 戦闘の多くは夜間に行なわれる。夜間戦闘は昼間戦闘とはまったく勝手が違ってくる。NODs(Night Observation Device:サーマルを含む夜間暗視装置。ノッズと発音)を持っていない敵は、正確に狙うことができない。では何を狙ってくるのかといえば、こちらが銃を撃った時に発生する発砲炎の残像だ。残像は敵の視界に数秒間程度残り、それをめがけて撃ってくるわけだから、被弾しないまでも有効弾が付近に着弾するものと考えておいて間違いはない。サプレッサーを装着することで発砲炎を抑制、すなわち消炎効果が得られることで被弾率の減少につながり、生存性において非常に重要である。
 また、消炎効果は射手自身の視界にも発砲炎の残像を入れずに射撃ができるという利点も忘れてはならない。とりわけ、特殊部隊が使用する小銃の銃身長は短めなので、大きな発砲炎が出る。昼間はそれほど気にならないが、夜間はかなりの大きさになる。連射したら数秒間から数十秒間、視界中央に残像(真っ黒な雲)が残る。言うまでもなくこれは非常に危険な状態(敵を視認できなくなる)であり、サプレッサーを装着することによって、このような事態を避けられる効果もある。

 

3.反動の制御


 どんな銃であっても、射撃には反動がつきものだ。これは絶対に避けて通れない。
サプレッサーにはこの反動をある程度抑制する効果もある。使用弾により異なるものの、多くの場合「サプレッサーを付けると撃ちやすくなる」というのが結論だ。
 スイスの銃器メーカーB&TにAPC9-SDというサプレッサー内蔵SMG(短機関銃)がある。このAPC9-SDでサブソニック(亜音速)弾を撃つと、不発と勘違いするほど反動が少ない。欧州各国の軍・法執行機関では、SMGをH&K製MP5からB&T製APC9に更新するのがトレンドとなっている。これら通常モデルを撃ち比べると賛否両論が出てくるものの、サプレッサー内蔵モデルのB&T APC9-SDとH&K MP5 SDを撃ち比べると、反動制御において雲泥の差があることが分かる。これはもう個人の感想ではなく、単なる事実だ。そして、反動が抑制されることで射手によるガク引きも少なくなり、必然的に命中精度の向上につながる。

 ここまで述べたのは、サプレッサーを使用した上での物理的な「制御」だ。サイレンサーの「Silence」とは「無音」という意味なので、サイレンサーという呼び方が間違っているのがわかっていただけたと思う。

 

B&T APC9-SD。サプレッサー内蔵型のSMG(サブマシンガン)で、銃身全体がサプレッサーに覆われ、発射音を効果的に減じることができる

 

サプレッサーがもたらす戦術的なアドバンテージ

 

 ではサプレッサーを使用することによって、戦術的にどのようなアドバンテージ(利点)があるのだろうか。それらについて述べてみたい。

 

旧ソ連で特殊部隊向けに開発された狙撃銃VSS Vintorezの射撃シーン。銃身は大型のサプレッサーに覆われ、亜音速弾を使用することで射撃時の音を効果的に減じている(Photo:笹川英夫)


1.コミュニケーションの向上


 米陸軍フォート・ベニング基地で毎年開催される、スナイパー・スクール主催の「米陸軍国際スナイパー大会」を筆者は毎年視察してきた。近年ではほぼすべての参加チームがサプレッサーを使用するようになったが、以前はサプレッサーを使用するチームとそうでないチームが見られた。その際、両者に明確な違いがあることに気付かされた。サプレッサーを使用していないチームは、射撃時に大声で怒鳴り合うようにコミュニケーションを取っているのに対して、サプレッサーを使用しているチームは普通に会話するようにコミュニケーションが取れていたのである。このアドバンテージについては、説明の必要がないくらいだ。
 銃声はもちろんだが、大声で怒鳴り合うと周辺の音も聞き難くなり、接敵時の反応も難しくなる。言うまでもなく、これは非常に危険な状況だ(ついでに体力も消耗する)。
 接敵だけでなく、他の音も聞き逃す可能性が高いから戦術的によくない。またこれは筆者の主観だが、サプレッサーを使用しているチームの方が冷静な判断力を維持しているようにも見えた。これも当然と言えば当然のことだ。

 

2.IFF(敵味方識別)


 エントリー(突入)チームなどの部隊でサプレッサーを全員の銃器に装備していた場合、屋内等での敵味方が入り乱れた戦闘状態で、容易に敵味方を識別できるようになるという利点もある。サプレッサーを使用しての射撃音は明らかに違うから、例えば外から屋内の状況がどうなっているのか、ある程度把握できるようになる。
 もし屋内での銃撃戦が「ボスッ、ボスッ、ボスッ」という音で終われば、味方の部隊が敵兵を制圧して終わったのがわかる。しかし、「バン、バン、バン」とサプレッサーなしの銃声で終わった場合、味方の部隊が敵に制圧されてしまった可能性が高いことを意味する。このように、音で敵味方を識別する事が容易になる。
 もっとも、ベテランの将兵になるとAK小銃とAR小銃の射撃音の識別は容易にできるが、屋内のように音響が乱反射する場所ではその識別も難しくなる。

 

3.セカンドチャンス(スナイパー)


 スナイパーが狙撃を行なった場合、初弾を外すとセカンドチャンス(次弾で命中させる機会)はほぼない。大きな銃声によって射撃したことが敵兵に完全にバレてしまい、銃声のあった方角を認識して遮蔽物に身を隠すから、セカンドチャンスはほとんどないと言っていい。それゆえスナイパーの標語「One Shot One Kill:一発必中」にも、上記の理由からセカンドチャンスがないことを肝に銘じておく、という意味合いが含まれている。それは狩猟も同じで、スナイパーにハンター出身者が多いのはこういった理由もあると思われ、ストーキング(追跡術)などにおいても共通する技術が多い。ちなみに、伝説のスナイパーとして知られるフィンランド軍のシモ・ヘイへ少尉や、旧ソ連軍のヴァシリ・ザイツェフ大尉などもハンター出身だ。
 だが、サプレッサーを装着していれば数百メートル離れた敵兵に銃声はほとんど聞こえなくなる(使用するサプレッサーの種類・口径等にもよる)し、敵兵は着弾した方角に注意がいくから、その時間的余裕から次弾を発射し命中させるチャンスが生まれる。もし敵兵付近に着弾せず、弾丸が素通りし敵兵が狙撃されたことに気が付かなければ、セカンドチャンスはさらに確率が高まる。

 

サプレッサーを装着したB&T製APC-300 PROを持つ筆者。.300ブラックアウトはサプレッサーを使用して、サブソニック弾を発射するのを前提として開発された弾薬だ

 

近年では、サプレッサーが制御するガスが射手の眼球と呼吸器官に悪影響を及ぼすことが注視され、ガスを前方に逃がす工夫がなされている。写真はB&T製RBS(Reduced Backpressure Suppressor)で、銃口付近の特殊な形状を確認できる。サプレッサーは今後も進化を続けていく装備である

 

まとめ

 

 以上がサプレッサーに関する一般論だ。これらを考慮すると、サプレッサーはウクライナ軍のような軍隊にとって、なくてはならない装備といえる。というか、小銃にいち早くサプレッサーを標準装備したのは、旧ソ連軍が採用したAK74だ。それまでの小銃ではフラッシュハイダーが一般的だったが、AK74には自動小銃としては大型のサプレッサー兼マズルブレーキが標準装備されている。これは、後ろの部分で発射炎(マズルブラスト)を減少させつつ、先端部分の左右の穴で燃えきったガスを出し銃身を安定させるというハイブリッドの制御装置、つまり冒頭で述べたとおり「Suppress(制御)」するもの=「Suppressor」である。現代のサプレッサーのように効果的に発射音を抑制するものではないが、当時としては革新的だったと言えるだろう。
 さらに、AK74のコンパクトバージョンであるAKS74Uの銃口部には、ラッパのような形状をしたデフレクターが装着されている。あれは銃身を短縮化したことで大きくなった発射炎を制御し、発射音を前方に逃がすためのもので、これもサプレッサーの一種である。AK74だけではなく、旧ソ連にはVSS Vintorezのような特殊な銃も存在したことから、旧ソ連/ロシアはサプレッサー先進国とも言えるかもしれない。
 ウクライナの戦場ではロシア軍の将官や佐官といった上級指揮官が次々と狙撃されているようだが、これらの狙撃にはサプレッサーが有効に活用されている場合が多い(※)のは、間違いないだろう。多勢に無勢の場合、無勢(ウクライナ軍)の側が勝利を得るために必要不可欠な装備のひとつが、サプレッサーと言える。

 

東側諸国でアサルトライフルのスタンダードになったAK74シリーズ。写真は上からAK74M、AK74(GP25グレネードランチャー装備)、AKS74、AKS74U、RPK74。上の3挺(AK74とその派生型)については独特な形状のマズルブレーキ=サプレッサーを備えている(Photo:笹川英夫)

 

※ウクライナ軍の狙撃任務が効果を上げている理由として、西側諸国の技術的支援も含まれる正確なTA(Target Acquisition:目標捕捉)や、ロシア軍側の不十分なOPSEC(作戦保全)/COMSEC(通信保全)などもあるが、今回は割合している。

 

TEXT :飯柴智亮

 

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